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福岡地方裁判所 昭和29年(ワ)345号 判決 1954年7月22日

原告 武石政右衛門

右代理人 菅野虎雄

被告 国

右代表者 小原直

右指定代理人 岸正之助

<外二名>

被告 稲永要

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担。

事実

原告訴訟代理人は「被告国は、原告に対し金千百九十円を受取ると引換に金三十九万六千円を支払うべし。被告稲永が被告国より右金三十九万六千円を受けとる権利のないことを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「被告国は福岡県知事の昭和二十二年十月二日附買収令書を以て、原告所有の(1)福岡県筑紫郡春日町小倉字ヘワラ三百二十二番地の一田一反六畝五歩、(2)同所三百十三番地田十歩(以下これを本件土地と称する。)を自作農創設特別措置法(以下本法を自創法と謂う)第三条に依り(1)の土地に付いて金千百六十六円四十銭、(2)の土地に付いて、金二十三円六十銭の対価を以て買収し、即日これらを被告稲永に売渡し、(1)の土地に付き昭和二十五年六月八日(2)の土地に付き同年四月二十二日夫々被告稲永に対し売渡の登記を為したのである。ところが本件土地は、今般被告国において、これを被告稲永から自衛隊用地として代金三十九万六千円(坪当り金八百円)を以て買取ることとなり、昭和二十九年四月中にその代金の支払がなされることとなつた。従つて、これは被告稲永が本件土地に付いて自作をやめようとする場合に該当し、その際自創法第二十八条(農地法施行後も同法施行法第二条第三項によつて同法条が適用される)によつて被告国が本件土地を買いてとつたことになり、以後農地法第七十八条によつて農林大臣がこれを管理していることになる。そこで、原告は農地法第八十条第二項に依り先買権を有し、且つその権利を本訴において行使したから本件土地の所有権はこれによつて原告に復帰し、右自衛隊の本件土地買いとりの売主の地位は原告に存することとなる。されば、被告国は原告に対し前記農地の買上代金三十九万六千円を支払うべきであり、且つ原告の先買権行使による売払の対価は農地法第八十条第二項によつてその買収の対価に相当する額であるから、その額である金千百九十円と引換に右代金を支払うべきである。しかして右のごとくである以上被告稲永には右代金を受取る権利のないこと明白である。然るに、同被告はこれを争うので同被告に被告国から本件土地の売買代金三十九万六千円を受取る権利のないことの確認を求める。」

仮に、右主張が認められないとしても、「元来自創法乃至農地法によつてなされる農地の買収或は売渡は、それによつて定められた用途、すなわち法定の者への売渡し或は耕作等に使用されることを解除条件としてなされるものと解すべきである。若しこれを買収した国或は売渡しを受けた者が一旦その所有権を取得した以上自由にその用途を変更し得るものと解するにおいてはこれは原所有者の所有権を侵害し、憲法第二十九条に違反することになるからである、ところで前叙のような経緯の下においては、結局のところ本件土地が自衛隊用地として使用されるというのであるから、同土地の売渡から買収へと順次右条件が成就しその所有権は原告に復帰したものと謂わなければならない。従つて、前記売買は、被告国と原告との間に締結されたことになるからその対価は当然原告に支払わるべきであつて被告稲永に支払わるべき性質のものではない」と述べた。

被告等は「主文同旨」の判決を求め、答弁として、「本件土地が元原告の所有であつたこと、同地を被告国が昭和二十二年十月二日原告主張の対価を以て買収し、これを原告主張の日夫々被告稲永に売渡したこと及び被告国が本件土地を自衛隊用地として原告主張の代金で買いとることになつたことは認めるが、その余の主張事実は争う」と述べ、

なお、被告国に於て、

「本件土地は右のごとく国が原告より買収した上既に被告稲永に売渡し済のものであつて、現在国が所有し保管しているものでない。しかして、農地法第八十条第二項は国が現に所有し管理している土地を原所有権に売り払う場合のことであつて、前叙のような経緯における本件土地のごときは農地法第七十八条第一項により管理されている土地ではないから右第八十条第二項の適用されないことは明らかである。しかのみならず、被告稲永は本件土地の売渡しを受けて以来その耕作に従事していたが国においてこれを自衛隊用地として買いとつたに過ぎないものでこれに農地法第七十八条、第八十条の介入し得る余地は全然存在しないのである。

従つて、本件土地を国が所有し管理していることを前提とする原告の本訴請求は理由がない。」

又、被告稲永に於て、

「被告は、本件土地を自衛隊用地として、被告国へ売渡すことなく耕作を継続することを希うのであるが、事情やむを得ないものがあつて不本意乍ら前述のごとく被告国との間に売買契約を締結するに至つたものである。就いては、被告稲永において本件土地に対し時価相当の補償を得るのが当然である。よつて、原告の本訴請求に応ずることができない」と述べた。

理由

原告の所有であつた本件土地が、原告主張の経過で買収され、且つ被告稲永に売渡されて同被告の所有になつたこと、被告国が同稲永から右土地を自衛隊用地として原告主張の代金で買受けることにし、その代金が昭和二十九年四月中に支払われること(既に支払われたか否かは明らかにされない)は当事者間に争がない。

原告は、まず、被告稲永が右土地を売却すること自体その土地についての自作をやめようとする場合に該るから、その際自創法第二十八条により同条にいう被告国の先買の効果が発生したといい、その前提として右売買は農地法施行後に締結されてはいるが、自創法第二十八条は、農地法施行後も同法施行法第二条第三項によつて効力を有し、右の場合にも適用されると主張する。しかし、右施行法条は、農地法施行当時(昭和二十七年十月二十一日施行)までに既に国が自創法第二十八条によつて買取つた土地等であつて、右施行当時同法第四十六条によつて農林大臣管理中等の土地等の登記及び土地台帳法の適用について、農地法施行後もなお自創法第四十四条、第四十四条の二の規定を適用する趣旨の規定であつて、農地法施行後もなお自創法第二十八条自体が効力を有する趣旨の規定ではない。そのことは、農地法に右二十八条に相応する第十五条が設けられていることからしても明らかである。そして、他に原告主張のように解し得る法律上の根拠もない。農地法施行後は、自創法第二十八条が効力を有しないこと右のとおりである以上、これが効力を有することを前提とする原告の主張は、既にこの点において理由がない。

次で、原告は自創法乃至農地法によつてなされる農地の買収或は売渡は、それによつて定められた用途に従つて使用されることを解除条件としてなされるものと解すべきであると主張するけれども、そのように解し得る法律上の根拠はなく、又かように解しないからとて、その故を以て直ちに買収か憲法第二十九条に違反するものとは解しられない。そうすると、右原告主張のように解することを前提とするこの点の原告の主張も亦、既にここにおいて理由がない。以上のとおりであるので、原告の本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野謙次郎 裁判官 中池利男 原清)

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